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【トランス女性従業員のトイレ問題】当事者も非当事者も安心して働くために企業はどう対応すべき?

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性自認に即したトイレ使用を認める条件についての考え方

トランスジェンダー従業員の性自認に基づくトイレの使用を認めるかどうかの判断を行う際に、「戸籍の性別変更が行われていること(=性別適合手術を実施している/性器の除去手術を行なっている)」、あるいは「性同一性障害の診断がおりていること」「戸籍の性別が変わっていること」を条件としている企業もあります。

 
しかしトランスジェンダーが望む性別として生きるための身体療法は、健康面や経済面できわめて大きな負担となります。そのため望んでいる当事者の全てが受けられるわけではありません。また現在の日本の法律では、性器の除去を伴う性別適合手術を受けなければ、戸籍の性別を変更することはできないという、現在の国際基準から考えるときわめて厳格な条件がもうけられています。

 
つまりどれだけ性別違和からくる苦痛を感じていたとしても、身体的治療や戸籍の変更を行うことができない当事者もいるということです。したがって、企業がトランスジェンダーの性自認に基づくトイレの使用を認めるかどうかの判断を行う際に、性別適合手術の実施や戸籍の変更を絶対の条件として求める対応は望ましくありません。手術の実施状況によらず、性自認に即した社会生活を送ることは法的利益と考えられています。

 
とはいえ現実的には、性同一性障害の診断書や性別適合手術の実施、戸籍の変更などの客観的事実があれば、周囲の従業員からの理解を得やすいという事情はあるでしょう。これについては本人にも伝達したうえで、本人が手術の実施状況などをどこまで企業に対して開示するかは本人の判断に委ねられるべきです。

 
なお、診断書や性別適合手術の実施、戸籍の変更などの客観的資料について本人からの申告がない場合は、従前の生活状況や職場での振る舞い等について必要な範囲でのヒアリング(必ず本人に事前確認を取った上で行います)や、専門医からの助言等によって総合的に判断を行うなど、柔軟な対応を検討されることが望ましいといえるでしょう。

 

反対しているマジョリティ女性従業員への対応

トランス女性従業員の女性用トイレ使用に、他の女性従業員が反対意見を示しているケースにおいては、反対意見の奥にある心情理解に基づく対応が不可欠です。多くの場合、反対の理由は以下の2つに分けられます。

 

・理由①「なんとなくこわい・不快」という漠然とした不安感や不快感
私たちは、よくわからないものごとや馴染みがないものごとに対して不安や不快感を感じるものです。トランスジェンダーに対して理解が十分でなかったり、身近に当事者がいない人ほど不安感や不快感を感じる傾向にあると考えられます。これは逆に考えると、「対象についての理解」が肯定的感情を育てるともいえます。LGBTQについての理解を深める研修を継続的にくり返し行うことで、周囲の従業員の漠然とした不安感や不快感を軽減する効果が期待できます。

 
・理由② 痴漢や盗撮などの現実的な危険に対する不安や不快感
「トランス女性に女性用トイレの使用を認めてしまうと、痴漢や盗撮目的の男性が女装して女性用トイレに入ってきたときに見分けがつかず、犯罪を助長する」という理由から反対意見を主張する人は少なくありません。

もちろん痴漢や盗撮は絶対に許されない犯罪行為であり、適切な防止対策が取られるべきものです。しかし企業の対応を考える上では、犯罪防止や、犯罪に対する不安感を払拭することは、性自認に即した社会生活を送るという個人の法的利益を制限することによって実現すべきものではないとの考え方に立つ必要があります。

そのため企業がとるべき痴漢や盗撮等の犯罪防止は、「トイレ出入り口付近の監視カメラ設置」「警備員の巡回」「盗撮の起こりにくいトイレ設計」などの対策によって行うべきものとの考えが適切であるでしょう。

 

 

トイレ問題が生じた際のトランスジェンダー従業員に対するケア

トランスジェンダーにとって、他者から自認する性別として認められることは、自分自身の人格や存在そのものを認められることと同じぐらいの重要な意味を持つことがあります。そのため性自認に即したトイレ使用を会社の仲間から反対されている状況は、自分自身を否定されているように感じ、深く傷ついてしまう当事者も少なくありません。

 
もちろん社内のさまざまな意見や会社のリソース面での事情も関わる問題ですので、ただちに当事者の要望に応えられない場合もあると思います。ですがそのような場合も、まずは上司や担当者が、当事者の心情に想像力を持つことは重要です。本人を孤立させず、前向きな気持ちで働くことを助ける働きかけを積極的に行っていきたいものです。そのための具体的な対応例をご紹介します。

 

[トイレ問題が生じた際のトランスジェンダー従業員に対する対応例]

・本人のセクシュアリティを尊重して関わる
例)トランス女性に対して「彼女」という代名詞を使うなど、他の女性従業員と同様にひとりの女性として接する
※本人のセクシュアリティを否定するような取り扱いはハラスメントとなる可能性がありますので、特にトイレなどの問題が生じていない場合でも必要な対応となります

 
・企業は本人の性自認を尊重し、望む性別として安心して働ける社内環境を実現するために継続的な努力を行なう意志があることをはっきりと伝える

 
働く上ではセクシュアリティは関係ないこと、仕事の評価は公正に行われることをはっきりと伝える

 

排泄は尊厳に関わる行為だからこそ、配慮と丁寧な対応を心がける

介護や医療などの分野では常識として知られているように、排泄は人の尊厳に関わる行為です。これはもちろん、トランスジェンダーのみならず全ての人々にとって同じことがいえます。「たかがトイレ」ではなく、「されどトイレ」。だからこそ配慮に欠ける対応をしてしまうと、訴訟や離職等のさまざまなリスクをもたらしてしまうのです。トランスジェンダーのトイレ問題は非常に対応が難しいテーマではありますが、関係者はこの視点を忘れず、配慮と丁寧な対応を心がけていくことが重要です。


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宮川直己:トランスジェンダー当事者/(株)マクアケデザイン代表取締役
「LGBTQの働き方をケアする本」(2022年5月・自由国民社刊)著者

 

経営者・人事労務・ダイバーシティ担当者の必読書
「LGBTQの働き方をケアする本」
(宮川直己著・弁護士 内田和利監修/自由国民社)

ハラスメントを防いで生産性の高い職場を作るポイントをQ&A解説

Q.「トランスジェンダーっぽい」従業員にどう関わればいい?
Q.女性の容姿をした男性従業員が女子トイレを使用しています
Q.性の話を職場でカミングアウトする必要はないのでは?
Q.「あの人は男性と女性、どちらですか?」と尋ねられたら何と答える? ほか