LGBTQへの対応を進める企業において、人事ご担当者様が最も悩みを抱えるのがトランスジェンダー従業員のトイレ対応です。「本人の心情や希望」だけではなく、「設備の状況」「周囲の従業員への説明や、反対された際の対応」など、考慮・配慮しなければならないことが数多くあります。
トランスジェンダーのトイレ対応は世界的にも論争が続いており、明快な一律の答えがないことも、このテーマの難しさを物語っています。
このような状況において、企業での対応を考える上で一つの手がかりとなるのが「経産省トランス女性職員トイレ利用制限事件」です。本事件は2023年の最高裁判決において、人事院の判定は違法と判断されトランス女性職員が勝訴しました。判決文をご一読いただくと、司法にとっても非常に難しい判断であったことが伺われます。
判決文の全文はこちらからお読みいただけます(裁判所判例検索上の資料へのリンク)
以下に、当該判決文の要旨と解説を整理しました。
当該事件では、戸籍上は男性だが性自認は女性の経産省職員が、女性用トイレ利用を制限された措置について、制限を認めた人事院の判定は違法であると判断された。
→トランスジェンダーの性自認に即したトイレ使用を判断する際に、「性別違和の診断書」「性別適合手術の実施や戸籍変更の有無」等を条件とすべき。そのような考えを持つご担当者もいらっしゃると思います。周囲への説明や万が一のトラブル回避のためには、正当なルールだと感じる方も少なくないでしょう。ですが、現在の国際基準では「性自認は医者の診断や外見、手術の有無等によって決まるのではなく、本人の認識によってのみ決まる」という考え方が原則です。そのため、診断書や手術等の提出・申告を「必須条件とする(なければ認めない)」という対応は法的な観点でもリスクがあります。もしもそれら客観情報がなかったとしても、まずは本人の相談に真摯に耳を傾け、対応する姿勢が大切です。
→先ほど「性自認は医者の診断や外見、手術の有無等によって決まるのではなく、本人の認識によってのみ決まる」という国際基準をご紹介しました。ですが、だからといって性自認に即したトイレ使用を一律に、ただちに認めなければならないわけではありません。本事案のように、一時的な制限であれば一定の合理性が認められる場合もあります。ただし、「トランスジェンダーだけが制限を強いられる状況」が長く続くと「均衡が取れていない」と判断されることがあります。
→本事案では、「当事者の希望を制限したのちに、その制限を段階的に解除していくための取り組みや見直しを行わなかったこと」が経産省側の対応の不足として指摘されました。前述した通り、一時的な制限は一定の合理性が認められる場合もあります。しかし、それはあくまでも一時的な対応であるという認識が必要です。
→トランスジェンダー従業員のトイレ問題への対応については、本人の希望や状況、職場の設備や周囲にもたらす影響等、個別ケースごとの差が大きく、対応の正解を一律に決められるものではありません。企業は、それぞれの職場における制約の中でも、「できる限りの対応を真摯に尽くす」ことが求められています。
以上、経産省のトランス女性職員の裁判例をもとに、企業におけるトランスジェンダートイレ対応のヒントを解説しました。加えて、私がさまざまな企業様をサポートさせていただく中で大切だと感じていることを一つだけお伝えしたいと思います。
それは、対応にあたるご担当者様が「トイレは人の尊厳に関わる問題である」という認識を持つことの重要性です。トイレの問題は、単なる「用を足すための物理的な設備をどう確保するか」という話にとどまるものではありません(例えば介護や医療の現場などでも、排泄介助と利用者の尊厳は重要なテーマとされていますね)。トランスジェンダーの当事者にとっても、周囲の従業員の方々にとっても、これは共通して言えることです。
たとえ当事者が望むトイレの使用を実現させたとしても、別の形で尊厳を踏みにじる行為があれば、企業にとってそれが新たなリスクに繋がることもあります。逆に、ただちに当事者の希望を叶えられない場合でも、「本人の尊厳を会社としてどうしたら守れるか?」という意識を忘れずに真摯な対応を続ければ、事態が大きくこじれてしまうことを防ぐこともできるのです。
弊社では、トランスジェンダー従業員のトイレ対応のほか、企業様におけるLGBTQ対応について、以下のような支援を行っています。
企業様の状況に応じた対応についてご相談いただくことも可能です。
執筆者プロフィール:宮川直己(みやがわなおき)
トランスジェンダー当事者。「LGBTQの働き方をケアする本」著者。九州大学卒業後、女性として福岡市役所に入庁。新規ITシステムの導入や児童虐待対応等に10年間従事する。男性への性別移行を行うと同時に退職、独立。2016年よりコーチングや企業研修講師として活動を開始。「ニュートラルな講師のあり方や現実的なケーススタディは、多様な意見を持つ社員にも受け入れやすい」との評価を得ている。
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