弊社の事業のひとつに、出版スクールにおける企画書作成指導があります。代表の宮川自身もお世話になった出版スクールより卒業後に業務委託を受け、サポートに入っているものです。弊社がサポートを開始してから約1年、これから4期目に入ります(スクール全体では第37期を数え、数々のベストセラー著者を輩出しています)。
多様性という観点からみたとき、この出版スクールはきわめて優れた運営手法が取られています。
スクールを主宰されるのは、自身でも27冊の著書を出版され、出版業界を知り尽くす松尾昭仁さん。スクールでは約2ヶ月間で、受講生ひとりひとりのプロフィールに合った出版企画書を作成します。その企画を出版社(編集者)の前でプレゼンし、面談権を得ることがゴールです。
この間、受講生は松尾氏だけでなく、スクールの卒業生や、現在進行形で企画書作りを学んでいる同期の受講生全員などからフィードバックを受けます。ひとりの企画に対し、少なくとも30名以上の視点が入るのです。
その中には経営者、外資系コンサルファーム役員、営業マン、茶道や着物の先生、助産師、銀行員、投資家、英語や数学講師、飲食業、介護事業、エンジニア、WEBマーケティング、主婦など多様な職業が含まれます。大企業勤務の方から個人事業主まで、東大卒やMBAの取得者いれば、中卒の方もいます。年齢層も20代から70代まで、非常に幅広いです(圧倒的に男性が多く、性差においては偏りがありますが)。
もしも出版企画書作成が、正解のある直線的な課題であれば、松尾氏一人が指導を行った方が精度は高まるはずです。それに多くの人からフィードバックを受ければ、中には互いに相反する意見も生まれますから、やはり松尾氏ひとりが指導した方が受講生の混乱やストレスも少ないでしょう。
しかし、出版企画書作りにおいて多様な(出版について詳しい人も、そうでない人も含めて)視点を入れることが重視されているのは、企画書作りが正解のない、非常に複雑な人間理解を要する課題であるからです。
マシュー・サイド著「多様性の科学」では、複雑な問題解決のためには、「正しい考え方」ばかりでなく、「違う」考え方をする人々と協力しあうことが必要であると主張されています。
多様性(認知的多様性)は、集合知を得るのに必須の要素です。そして集合知は、メンバー個々の力の総和を凌駕するのです。例えるなら、打球を遠くに飛ばせる4番打者ばかりを集めた野球チームよりも、足が速かったり、小技ができたり、観察眼があるなど多様な選手がいるチームの方が強い。そんなイメージです。
なぜそのようなことが起きるのかというと、どんなに能力の高い人でも人間には必ず盲点があるからです。そして、どんなに能力が高い人を集めたチームでも、属性が偏れば、盲点も同じポイントに偏ってしまいます。これが問題解決の障害になることがあるのです。しかし異なる多様な視点を取り入れることができれば、誰かの視点で誰かの盲点はカバーされます。これにより、チームとしての問題解決力を高めることができるのです。
「多様性の科学」では、多様性が組織にもたらす効果、あるいは多様性に欠けることがもたらすネガティブな影響を、さまざまな事例によって示しています。たとえば経済学者チャド・スパーバーの調査では、司法業務・保健サービス業務・金融業務において、職員の人種的多様性が平均から1標準偏差上がっただけで、25%以上生産性が高まったという結果が報告されています。
出版企画書作りにおいても、まったくの門外漢の人の言葉から、“企画のタネ”が発見されていくことは珍しくありません。視点が多様化するほど、企画の可能性を広げることができるのです。
「多様性のあるグループ」と「画一的なグループ」を比較した場合、議論のプロセスと最終的なアウトプットに大きな違いが生まれます。
「画一的なグループ」では議論スムーズで心地よく、参加者はより自分の答えに自信を持ちやすくなります。しかし、最終的なアウトプットの質は下がります。なぜなら反対意見が出づらく、互いに意見が肯定されるためです。これでは盲点に気づくこともできません。
逆に「多様性のあるグループ」では、自分の意見や長年信じてきた観念を否定されることもあります。それにより腹が立ったり、傷ついたり、自信を失いかける人も出てきます。議論のプロセスは非常にストレスフルです。しかしこれにより新しい視点が得られ、議論も深まるため、最終的なアウトプットの質は高まるのです。
出版スクールの2ヶ月間は、受講生の方にとって非常にタフな時間です。しかし最終的には、自分の可能性を最大限に引き出されたアウトプット(企画書)ができたと多くの方が納得します。スクールに対するエンゲージメント(愛着や貢献意欲)も強化され、コミュニティの質も高まります。このスクールが10年以上に渡り成功を収め続けている背景には、認知的多様性が確保されていることも大きな要因の一つだと私は考えています。
このスクールの例のように、多様性のあるチームはメンバーにとって常に快適であるとは限りません。しかしその困難なプロセスは、質の高いゴールが達成されることにより個々において肯定され、人間的な成長や働く意欲にも繋がります。少子化と人材の流動性が進行する日本社会において、企業における多様性の重要度はさらに高まっていくでしょう。