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【トランス女性従業員のトイレ問題】当事者も非当事者も安心して働くために企業はどう対応すべき?


宮川直己:トランスジェンダー当事者/(株)マクアケデザイン代表取締役
「LGBTQの働き方をケアする本」(2022年5月・自由国民社刊)著者

 
LGBT理解増進法の成立に向け、特に「差別禁止」規定の是非についてはネット上でもさまざまな議論が交わされています。中でも「身体が男性の人が『私はトランス女性だ』と申告して女性用のトイレや銭湯に入ってきた時に、差別禁止を盾にされると施設側が拒否できなくなり、マジョリティ女性の安心や安全が守られなくなるのではないか」と懸念する声をよく見かけます。

 
また近年は企業においても、トランス女性の従業員が女性用トイレの使用を希望した場合に周囲の女性従業員との軋轢が生じたり、訴訟に発展するケースもあります。このようなトラブルを防ぐために企業はどのように対応するべきなのか、現在係争中の裁判例をふまえて詳しく解説します。

⇒「経産省性同一性障害トイレ制限訴訟」最高裁判決が下りました。判決文のポイントはこちら

 
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係争中の裁判事例「経産省性同一性障害トイレ制限訴訟」

トランスジェンダー従業員から性自認に即したトイレ使用を求められた際に、企業はどのように対応すべきなのか。これについて考える際の指針となるのが、「経産省性同一性障害トイレ制限訴訟(東京高裁令和3年5月27日判決)」です。この事案は、経済産業省に勤務するトランス女性職員が、女性用トイレの使用を制限されたことについて国に処遇改善や損害賠償を求めて2015年に起こしたものです。

 

[事案の概要]

  • 原告のトランス女性職員は、1998年頃から女性ホルモンの投与を受け、1999年頃に性同一性障害の診断を受けた。また2010年以降は女性の服装で勤務することを同省に認められた
  • ただし健康上の理由から性別適合手術を受けることができず、戸籍上の性別は男性のままとなっていた
  • 戸籍上の性別を理由に当該職員は勤務フロアの女性用トイレの使用が認められず、2階以上離れた女性用トイレを使うよう制限された

 
 
この裁判は第二審で判決が覆り、現在は最高裁に上告され確定していない状況です(2023年4月時点)。一審と二審、それぞれの判決概要を確認しておきましょう。

 

[判決]

  • 第一審(2019年12月、東京地裁)

「性自認に即した社会生活を送る法的利益の制約に当たる」とし、女性用トイレの利用を制限した国の措置は違法だとしてトイレの自由な使用を認め、国に132万円の賠償を命じた

 

  • 第二審(2021年5月、東京高裁)

判決は「性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは法律上保護された利益である」と認めつつも、「先進的な取り組みがしやすい民間企業とは事情が異なる」と指摘。そのうえで、同省が使用制限を決める際に当該のトランス女性職員や主治医、ほかの職員の意見を聴く説明会を2回開いたことを「積極的に検討、調整して決めた」と評価。使用制限を続けたことは「ほかの職員の性的羞恥心や性的不安を考慮し、すべての職員にとって適切な職場環境にする責任があった」と指摘し、一審とは逆に、トイレの使用の制限は違法ではないと判断した

 

 

トランスジェンダー従業員へのトイレ対応2つの原則

上記の判決で注目すべき点は、第一審、第二審ともに「性自認に即した社会生活を送ることは法的利益である」と認めていることです。これをふまえると、企業がトランスジェンダー従業員から性自認に基づくトイレ使用を求められた際の対応原則は、以下の2点に整理されます。

 

①企業は、「性自認に即した社会生活を送ることは法律上保護された利益である」との認識に立ち、トランスジェンダーの従業員から性自認に基づくトイレ使用について要望を受けた際は、原則としてその要望を実現する方向での検討および調整を行う

 
②他の従業員の不安感や抵抗感等を理由に企業がトランスジェンダー従業員の要望を認めず、これを当該従業員が不服として訴訟に発展した場合は、主に
トランスジェンダー従業員の法的利益の保護の必要性と会社側の事情との利益衡量
企業が当該従業員の意向を可能な限り尊重するべく、真摯な対応を行なっていたかどうか等により司法判断が下されることをふまえ、対応を検討する

 

性自認に即したトイレ使用をただちに認められないケースにおける対応

前述の対応原則のとおり、トランスジェンダーの従業員から性自認に基づくトイレ使用を求められた場合、企業は原則としてこれを認める方向で検討・調整を行う必要があると考えられます。

 
しかし現実的には、周囲の女性従業員から反対意見が示された場合など、さまざまな事情によりただちにトランスジェンダー当事者からの要望に応えられない場合もあります。このとき、企業は具体的にどのように対応すれば良いのでしょうか。以下にポイントをまとめました。

 

【NGとなる対応】
他の従業員からの反対意見やその他の事情を理由に、あるいは正当な理由なく、企業として可能な限りの努力を行わないままトランスジェンダー従業員の要望を認めず、また代替手段の検討も行わないこと

 

【適切な対応のポイント】

  • 当面の混乱やトラブルを避けるため、「一時的に」トランスジェンダー従業員の要望を保留することは認められるものと考えられる。ただしこの場合も本人の意向を尊重しつつ当面の代替手段を講じ、当事者の苦痛を最小限に抑えるよう努めなければならない
  •  

  • 一方で、逆に周囲の従業員の声を無視して、トランスジェンダー従業員の要望を一方的に通すことも避けなければならない(偏見やハラスメントなど別のトラブルを生じさせることもあるため)
  •  

  • 周囲の従業員からの不安や反対意見等に対しては、トランスジェンダー従業員の意向を尊重しつつ、企業からの説明やLGBTQについての理解を深める研修等を実施する等、性自認に即した社会生活が実現できるよう継続的な取り組みを行う
  •  

    代替手段の例

    ・反対意見を示している従業員に別のトイレ使用を促す
    冒頭に述べたように、トランス女性の従業員が女性用トイレの使用を希望した際に、マジョリティ女性の従業員から不安や嫌悪感などを理由に反対意見が示され軋轢が生じるケースは少なくありません。このような状況において企業の対応を考える際には、その問題の根本原因はトランスジェンダーに対するマジョリティ側の理解不足や偏見の方にあると考える必要があります(個人的には人それぞれさまざまな意見や感情があると思いますが、企業の対応を考える上ではこれが原則となります)。この前提から考えると、トランス女性従業員の女性用トイレ使用を制限するのではなく、不安や嫌悪感を抱いている従業員の方に、トランス女性従業員が日常的に使用するトイレとは別のトイレ使用を促すという方法が考えられます。

     
    ・共用個室トイレ(誰でもトイレ)を設置する
    飲食店などで見られるような、性別を問わず利用できる共用個室トイレを設ける方法も考えられます。ただし、トランスジェンダーの従業員に共用個室トイレ使用を一方的に強制するような対応は避けなければなりません。

    ※いずれも労働安全衛生規則第628条にもとづくトイレの設置基準を満たす必要があります



     
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